あ。薄々お気付きかもしれませんが、そうです、僕です。
あれですね、終わりましたね。
何が。サマソニが。
わたくしは今年も大いに楽しませていただきました。3日間参加で満身が創痍いたしましたが、あの3日間から得られた満足感に比べたら大したことはございません。
まあ、わたくしは思う存分サマソニを楽しんだのだけれど、毎年のように開催前に巻き起こるアレがあるじゃないですか。アレですよ、アレ。ほら。
そう。ラインナップ論争でございます。
特に目立つのが「洋楽が少ない」「ロックをもっと出せ」「J-POP / K-POPが多すぎる」といったもので、あくまでもわたくしが見た範囲での印象ではありますが、主に中年ロックファンからのご意見なのかな、といった感じ。
おそらくは00年代のサマソニに通っていた方々のご意見なのでしょう。
まあね、気持ちはわかりますよ。だって、00年代のラインナップは今見ても「マジですか」と思うくらいすごかったもんね。
90年代、00年代に青春を過ごしたロックファンにとって、かつてのサマソニはまさに天国だった。それはまぎれもない事実だと思う。
間違いなくわたくしも素晴らしい時間を過ごさせてもらったロックファンの1人であって、あの頃のサマソニが大好きだった人間なのだけれど、その思い出(補正)を盾にして近年のラインナップに難癖をつけるのはちょっと違うのではないかナー、というのが本日のテーマでございます。
もうズバリ言ってしまうと、バリバリのロックフェスだったサマソニに熱狂していた世代、つまり現在のロックおじさんたちは、すでに主催側からメインの客層として見なされていないと思う。
ここ数年のラインナップを見れば、サマソニが路線変更に取り組んでいるのは明らかで、それは10年後・20年後とフェスを継続していくための将来を見据えたモデルチェンジで、その過程で客層が大きく入れ替わるのは当然の結果だし、主催側もそれを意図しているはず。
まあ、それは“音楽フェスビジネスにおけるロックの重要度が低下した”と言い換えることもできるわけで、そのジャンルを愛する人間としては悲しいことだけれど、そもそもサマソニはロックファンのための慈善事業ではないわけで、ビジネスとして成立するラインナップを模索するのは当然のことでしょう。
ていうか、文句を言う人たちってここ最近のサマソニに足を運んでるんですかね。もしもお金も出さずに口だけ出してるんだったら笑止千万ですよ、あなた。
ロックおじさんたちが20年先までサマソニを満員にしてくれるのであれば、きっと彼らの望んだ通りのラインナップになるでしょうよ。
でも、そうなっていないから路線変更が模索されているわけだし、ロックおじさんたちが愛するロックアーティストたちが20年後もバリバリのヘッドライナーとしてステージに立てるかどうかも年齢的に怪しいところ。
「その時代のロックが好きな方はこちらへどうぞ」とばかりに立ち上げられたrockin'on sonicだって大盛況とは言い難い客入り(こちらはまだサンプル数が少ないが)なので、そんな状況で主催者が「よし。やっぱり洋楽ロックだ。洋楽ロックでフェスをやっていくんだ」とはならんよね、きっとね。悲しいことだけどね。
まあ、わたくしも他ならぬ中年ロックファンなので“若者の代弁者”みたいなことは言えませんが、今のサマソニに来ている若いオーディエンスはラインナップされているアーティストたちを“自分たちの世代のもの”として認識しているはずだと思うんですよね。
それはかつて僕らがロックバンドに対して抱いていたものとまったく同じ感情であって、僕らおっさんが勝手にそれを否定して「俺たちが好きなロックバンドを出せ!」と言うのはあまりにも失礼が過ぎるな、と。
そんな“百害あって一利なし”みたいな存在に堕してしまう前に、僕らおっさんロックファンたちはサマソニに対してどういう態度で向き合うべきか決めるべき時が来ているんじゃないかと思いますよ、あたしゃ。
サマソニでどうしても忘れられない光景がひとつありまして、あれはNine Inch Nailsがヘッドライナーを務めた2005年のこと。
NIN以外にも、まだ9人全員そろっていた頃のSlipknotや日本の伝説・THE MAD CAPSULE MARKETS、さらには再結成したばかりのBuckcherryなどそれはもう豪華なバンドがズラリ並んでいて、当時まだ若かったわたくしは「これは朝から晩までマリンやで!」と玉砕覚悟でマリンステージのグラウンドへと足を踏み入れたわけであります。(その甲斐あってNINは最前列で観られた)
そんな血気盛んなバンドをそろえたマリンステージにラインナップされていたのが、大ベテランバンドDeep Purpleでした。
彼らは今も現役バリバリのバンドだけれど、2005年当時の感覚で言ったら“往年の”という形容詞を付けたくなるようなポジションだったと思う。少なくともわたくしはそう感じておりました。
よく言えば“レジェンド枠”、悪く言えば“ちょっと場違い”という感じで、あの日のマリンで暴れていたロックファンたちの一番のお目当てバンドでなかったことは火を見るより明らかだったでしょう。
でもね、いたんですよ。
何が。Deep Purple目当ておじさんが。
そうなんです。いたんですよ。
Deep Purpleのアルバム『紫の聖戦』(原題:The Battle Rages On...)のティーシャーツを着たおじさんが。
マリンスタジアム外周を若者たちが肩で風切って歩く中、可哀想なくらいに所在なさげに佇んでいたその姿が20年以上経った今も忘れられません。
Deep Purpleのためだけにチケット買って来たんだろうなあ、きっと。
すごく失礼な物言いだけれど、あまりにも周りから浮いているその姿に「ああはなりたくないなあ」と思ってしまった若き日のわたくしがいました。
そんでもってですね、ここ数年のサマソニで気付いたんですよ。
あの時の『紫の聖戦』おじさんに今、他ならぬ自分がなっていることに。
いやー。これは結構なショックでしたね。「ああはなりたくないなあ」と思ったものに自分がなってしまったという現実。時の流れは万人に平等と言うべきなのか。
まあ、これが時代の流れというもので、下手に逆らって無用な歪みを生むよりも、そういうものだと思って受け入れるのがベストなのかもしれませんね。知らんけどね。
時代の流れで全面禁煙になった行きつけの店に対して、「俺はこの店で吸う煙草が好きだったんだよ!」などと理不尽なクレームを入れるおっさんにはなりたくないなあ、わたくしは。
「この店が好き」と「煙草が好き」はきっちりと切り分ける必要があって、それはまったく別の話。
別に煙草がこの世から消えたわけではないのだから、吸えるところで好きなだけ吸ったらいい。この店に通いたいなら、現状を尊重して楽しんだらいい。それだけのことですよ。
わざわざ説明するのも野暮だけれど、「店」は「サマソニ」に、「煙草」は「ロック」に置き換えて考えてみていただきたい。
相手を自分の理想に合わせようとするよりも、現状の中で自分が一番満足できる選択はどれなのかを考える方が建設的だと思いますよ、あたしゃ。
まあ、そんなわかったような口を叩いておりますが、あの頃のサマソニを求めてしまう気持ちは痛いほどわかりますよ。ロックファンにとって天国みたいなフェスだったもんね。
正直な話、今や『紫の聖戦』おじさんとなってしまったわたくしなので、近年のラインナップの中に馴染みのあるアーティストの名前を見つけることは年々難しくなってきました。
知っているアーティストを軸にタイムテーブルを組んだらホントにスカスカですよ。ほとんど休憩時間になってしまうレベル。
でもね、行けば楽しいんですよ、サマソニ。毎年心底満足して帰宅してる。
かつては“好きなロックバンドを朝から晩まで観られる場所”だったわたくしのサマソニが、ここ数年は“知らないアーティストに衝撃を受ける場所”になりつつあるんだと思う。
そりゃあ、毎年ラインナップを眺めながら「うわー。今年も観るもの少ないナー」と思わないと言ったら嘘になるけれど、わたくしはほら、Creativemanさんのブッキングを信頼しておりますから。
帰りの車内、ハンドルを握りながら「いやー。今年も最高だったナー」と呻いておりますよ。
まあ、別にわたくしの楽しみ方を押し付けるつもりはないけれど、「世界には選択肢が山ほどあるんだから、特定のフェスのラインナップにそんな目くじら立てなくてもいいんじゃない?」というのが今日言いたかったことです。
よろしくお願いします。
(わたくしの大好きなロック中年たちは朝から晩まで死ぬほどサマソニを満喫してるので、体力馬鹿すぎて好き)






